小さな世の限り

人柄の良さで名を馳せる男、新選組局長・近藤勇。 哀れな孤児を隊士が保護したとあれば、やや瞳を潤ませながら屯所で暮らすことを快諾した。 皆、想像通りの展開である。 山南だけが不服を申し立て、斎藤もまたそれを説得するだけの言葉を用意していたが、 近藤の一声は大きく、小さな命を守り抜き責任を持って親元へ帰すまでが命とされた。 かくして、新選組一同と幼い女児との暮らしは幕を開けたのである。 一旦雪村と女児を別室に移動させ、全員が知り得る限りの女児の情報を共有するよう求めた。

「子は名をと言う。姓は名乗らなかったそうだ」
「黒の着物を身に着けていたことから、かなり財力のある家の出だと考えられます」

黒染の着物は、染料となる植物が希少な事から非常に高価であることが多い。 頻繁に手直しが必要となる子供用の着物に黒の生地を使用するというのは、相当珍しいはずだ。

「金持ちの子なら、案外すぐ見つかるんじゃねえか?」
「問題は島原の近くにいた、ってことだ」
「攫われた後、遊郭に売られる子供は少なくありませんからね」

穏やかとは言えない情勢が、孤児を多く生み出していた。 親を失うだけでなく、捨てられることも稀ではない。 各地からそういった哀れな子供らを攫って売物にし、懐を潤す大人が相当数いる。 仮に売人を絞り込めても、足取りを辿るのはかなり難しい。

「京の出身とは限らない、か」
「無論、攫われたとも限りませんが」
「何より気掛かりなのは口が利けねえことだ」

唖者か、密偵か。 お人好しの近藤までもが、土方が言わんとする事は分かっていた。 年齢や性別、外見で敵か味方かを判別することはできない。 一方で分かっていない者もいた。人を疑うことを知らない、新選組随一の純粋さを誇る男。 場に下りた沈黙に戸惑っているのは藤堂だけであった。

「え、なに、どういうこと?」
「平助、お前馬鹿じゃねえんだから、ちったあ頭使えよ」
「口が利けないということは、余計な情報を漏らす心配がない、とも考えられる」
「疑ってるってこと?でも…まだ子供じゃん」
「藤堂君、子供か大人かで相手を測ることは出来ませんよ」
「だけど」

根拠も無しに女児の疑いを晴らしたがる藤堂を、近藤が手で制した。

「平助、少し落ち着きなさい。何も取って食おうってわけじゃあない」

藤堂は唇を引き結び、腰を座布団へ落ち着けた。 近藤が腕を組み直し言う。

「しかし、どう動くにしても情報が足りんな」
「監察方も手一杯だ。山﨑には関与しないよう言い渡してある」
「しばらく探しても親が見つからなかったらどうする?」
「里子に出す」

永倉の問い掛けに答えたのは斎藤だった。 凛とした佇まいに視線が集中する。

「俺が主となり親を探します。見つからなければ里親を」
「言うのは簡単だがな」

後の世で、幕末と呼ばれる動乱の時代である。 土方は厳しい顔を崩さない。

「ふむ。トシ、ここは斎藤君に任せようじゃないか」

しばし考えた後、おもむろに近藤が手を打った。

「とはいえ、それでは斎藤君に負担が掛かりすぎる。調査は一部分担して行うことにしよう」

売り払われた着物を取り戻し、家紋を手掛かりに出生を調べる者。 島原へ出入りする売人を洗い出し、その足取りを辿る者。 目撃情報を収集し、似顔絵の掲示することで、親に見つけて貰うのも良いだろう。 近藤は続けた。

「斎藤君には、日々を共に過ごす中で情報を集めてもらいたい。言うなれば子育てだな」
「おいおい近藤さん、正気か?」

土方は唖然としている。勿論他の面々も同じだ。 斎藤は責任を持つと言った以上、生活における面倒も見る覚悟であったが、その行動に名前が付くと動揺を隠し切れなかった。 子育て。まだ結婚もしていないのに。七つ前の子供を。

「親と離れている間、誰かが生きる術を教えてやらねばいかん。そうだろう、トシ」
「それはそうだけどよ、斎藤はうちじゃ最年少、親になるには早いんじゃねえか…」

平常時と比べるとやや弱く感じられる語気は、もう何を言っても近藤の意見は覆らないということを悟っているかのよう。

「我らの敵だと分かった暁には、助けた子だろうと、子供だろうと、容赦なく切り伏せる。 内情が漏れたならば、きちんと始末をつける。有事の際の覚悟があっての拾い物だろう、斎藤君」

信じるものの為に戦え。土方の言葉が蘇る。 あのときは、恐らく反対するであろう山南に何を言われても尻込みするなよ、という意味だったのだろうが。 今の斎藤には、違う意味を持って響いていた。 斎藤が信じるものは他でもない自分自身、そして、戦う敵はいつだって新選組に仇なすものだ。 信じるものの為に戦え、己の信念に従って戦え。言葉の意味を噛み締める。 救った命を自ら摘むことになったとしても、罪ごと御旗を背負う。斎藤はその覚悟をここで決めた。

「しかし現時点では何も分からん。全てが仮定の話だ。まずは手分けして調べを進めてほしい」

深く考え込んだ斎藤を現実へ引き戻すような朗らかな声で近藤が言った。皆が頷く。

「我らが切り開いた時代の、その先を生きる子だ。この大仕事、是非成し遂げて貰いたい」
「笑い事じゃあねんだぞ、近藤さん」
の生活の全ては、君に一任する」

命じる近藤に、答える言葉はひとつのみだった。

「御意」
「うむ、よい返事だ」

近藤がまた笑い、土方がかぶりを振って溜息を吐く。 こうして迷子の幼い子、は、斎藤の子となった。



inserted by FC2 system