にごらない爽快
窓際まで歩いて行ってカーテンを大きく開けると、気の早い太陽が真夏ばりに世界を照らしていた。
青空と雲のコントラストが目に痛いほどだ。
聴き馴染みのある声が、グラウンドのどこかから響いている。
「閉めとけよ」
窓から少し離れているくせに眩しい顔をした伏黒が文句を言った。
「なんか楽しそうだなと思って」
虎杖は理由を述べたが伏黒は眉間に皺を寄せただけだった。
カランカラン、と金属が擦れるような音がして、次に蛇口を捻る音、水が鈍く叩きつけられる音が続く。
バケツに水を溜めているらしい。
身を乗り出して見ると、視界の端っこで短い茶髪がひらめいた。
釘崎だ。すぐ見えなくなってしまった。
「何してんだろ」
「そんなに気になるなら行って来いよ」
振り返ると教室はやけに暗く感じた。
プール授業を終えて一番乗りで教室に戻ったときの、電気が消えたままの薄暗い光景を思い出した。
窓枠に切り取られた外の明るさを、休み時間いっぱいまでぼうっと眺めていると、夏、という感じがする。
次の授業の先生が案外あっさり電気を付けたりするので、あの情緒ある空間はとても儚い。
外で一際大きな声が上がったので、虎杖はまた窓からグラウンドを見た。眩しい。
「あ、キリンレモンだ」
「キリンレモン?」
「ほら、CMのやつ。歌ってる」
後ろで伏黒が椅子を引く音が聞こえた。
キリンレモンは気になるのか。2人して風に乗る声に耳を澄ませる。
日向に転がり出てきたのは、やはり釘崎と、意外なことにだった。
「え、先輩、起きてんじゃん」
「珍しいな」
どこか掃除でもしていたのか、釘崎は水をたたえたバケツを揺らし、は緑の毛が生えたデッキブラシを振り回している。
踊るようにはしゃぐ2人は、随分と幼く見えた。
2人とも砂浜を歩くように裸足だった。
歌声の合間、釘崎が水を撒いた。
水は遠心力で帯状に広がり、虎杖と伏黒の目に焼きつくほど、弾けた水滴のひとつひとつまで光を反射して輝いた。
まるで時が止まったように思えたのはたった一瞬で、水は地面に着地すると砂を濁色に染めて輝きを失った。
水溜りを踏んだ2人分の足跡がグラウンドに点々と残される。
は大体いつも眠っているので、虎杖は動き回る姿をあまり見たことがなかった。
いつもの黒いタイツを脱いだ釘崎の足と比べると、その輪郭はやや細く、ハリがなく、弱々しい。
こんなことを万が一にでも口に出せば、暗に足が太いと言われ怒った釘崎に何をされるか分かったもんじゃないが。
「なに、2人仲良く並んじゃって。なんか面白いもんあった?」
「せんせ」
教室を空けていた五条がふらりと戻ってきて、虎杖と伏黒に肩を並べた。
「あ、と野薔薇だ。おーい!何してんのー!」
「なんで呼ぶんだよ!」
「ええ、混ぜてほしいから見てたんじゃないの?」
馬鹿でかい声で叫ぶ教員に、生徒2人は目を丸くした。
間近で聴くとそこそこうるさかった。
こっそり見ていたかったらしい伏黒が苛立ちを隠そうともせず言うと、五条はにやにやと笑ってむっつりすけべだとからかった。
外に立っていた女子2人が、はしゃぐのを中断してこちらを見上げている。
「ああ!何見てんだテメェら!!」
「あーあ、こうなると思った」
「金取るぞ!金!」
釘崎はいきり立ってこちらを指差した。
虎杖は溜息を吐き、五条はわざとらしく肩をすくめた。
も釘崎を真似てこちらを指差したが、表情を見るにただ面白がっているようだった。
釘崎が金銭を要求するのと同時にその手からバケツを奪い取ると、校舎の方へ駆けて行ってしまった。
「あっ、ちょっとさん!」
「これ以上そこにいたら焼ける!」
確かに、日差しは暴力的だ。
釘崎が後を追っていく。
虎杖はまた少し身を乗り出して、日陰に入って行った2人を目で追おうとしたが、すぐに校舎の陰に入って見えなくなってしまった。
先ほど途切れた歌の続きがかすかに聞こえる。
なんだか喉が渇いたな。
グラウンドには足跡と、雲の影が映っている。
「野薔薇が元気で安心したよ、は寝てばっかりのくせに上手くやるよね」
「なんかあったんすか?」
虎杖は窓際を離れた。室内はやはり暗く感じた。
「ま、ね。呪術師だしね」
五条は言葉を濁したが、言わんとすることは分かる。
人から生まれるのだ、呪いは。
五条がもう教室を閉めると言うので、虎杖と伏黒も出ることにした。
カーテンを閉め忘れたなと思い振り返ると、外の明るさが窓枠に切り取られていて、
薄暗い部屋とのコントラストに、夏、という感じがした。
この情緒と同じように、青春期の夏は儚く、短い。